児童精神科 総論

  子どもの心身は発達途上で脳は成熟過程にある。その自然治癒力を高める。病気に親子が振り回される状況から、子どもと親が一緒に主体的に治療に取り組めるよう促していく。

 子どもを理解するためのこころの物語には、幾通りもの筋書きがあり、修正できる(柔軟さが必要)。新しい物語を一緒に作っていく。物語には始まり(何らかの契機)と終わり(出会いには別れ)があり、心の中で存在し続ける(松田文雄)。


 子どもの訴えをそのまま聴き「病気」を認める。その内容をしっかりと受けとめる(自我を支える)。あわてて病気を取り上げようとしない。なぜ病気にならなくてはならなかったのか。どうしたら病気でいる必要がなくなるのか。いっしょに考える(病気の原因を理解することを手助けする)。そして新しい自分へ成長していくことに付き合う。

 問題行動の消失を治療目標とすべきではない。生きるのがつらくて自傷しているのなら、止めさせても他の行動に変わるだけ。現状を受容し、背景にあるつらさに共感する。

 最大の山場は、適切に感情を表現させ、いかに情緒を安定させるか。子どもは誰かに依存しないと生きられない。頼れる人はいるか。いない場合は、新たに探すか、治療チームの中にその役割を設定。

 治療的なアプローチを行いながら診たての修正を行う柔軟性が重要である。治療者の役割は、患者の自我の強化・統合を援助する、支持的、発達促進的なもの。


基本的態度

 子どもの意思を尊重する。対等の個人として子どもに接する。「悩んでいることを話してもらえますか」「家族のことを聞いてもいいですか」「もしよかったらまた来れますか」

 親の望む子に導くのではなく、少し距離をとって見守り、その子らしく成長していくことを支える。結果ではなく努力をほめる。その子にとって成長したところを見つける。達成できなくても一つでも良いことがあったら褒める。

 精神療法の適応の可否は知的能力に依らない。その子どもがあたたかい支持的な関係に反応することができるかどうかが大切。

 喋らない子どもに無理に話させない(原因究明は後回し、早く安心したいこちらの都合で聞きたいから聞くというのでは子どもに失礼)。無言でいることを受容。無言の意味を考える。言葉で語らなくても行動が「語る」。子どもの心で起こっていることを見立てる。

 互いに何を期待し、恐れ、求めているのか。互いに持つ不安とどう向き合うのか。治療者はどこまで引き受けるのか。治療者の覚悟が問われる。子どもたちは文字通り命をかけている。ときに治療者も精神的な「場」において、命をかけて接する必要がある。

 今までの出会いの中で深い傷つきを経験した子どもは、出会いに期待せず、人を信じる心に乏しい。今までの出会いの延長線上に存在する人間として出会っていることを認識する。

 子どもは自分の感情を表す適切な言葉を持っていない。放っておいてほしいが、関心を持っていてほしい。気持ちを汲み取られると否定してしまう。評価して欲しいが自信がない。

 親子関係の始まりは、静かに抱える(holding)こと。その中で培われる親への愛着と安心の絆「基本的信頼感」が健全な人生の出発点。「依存」が十分に満たされてて始めて「自立」がある。

 治療者の役割は、子どもの存在を心の中に収容(Containing)し、子どもに関するあらゆる出来事に耐え続けること(衝撃の容器になる)。子どもが様々な試練を乗り越えて、自分らしさを形成する過程に付き合うこと。そうすることで、子どもは内的な居場所を確保し、安心して遊び、学ぶことができる。

 否認したり、話が矛盾することが。特に虐待を受けている場合、誰か(両親のどちらか)をかばおうとしていることが多い。自分が悪いのだと感じ、無力で状況を変えることはできないのだと思い込んでいる。支援者に対して拒否、反抗、時に裏切ることもある。「話してくれてありがとう」と子どもに伝えよう。しかし安易な共感は外傷的。意見や評価はせずに黙って聞く。子どもの気持ちに対して、嘘はつかない(できない約束はしない)。


 年齢、知的能力に関わらず、伝え方を工夫し、治療の同意を得るようにしなければならない。聞いた内容を、無断で親に伝えないという約束を親子双方に伝える。

 秘密の取扱い:命にかかわることは親に伝える場合もあることを伝える。加えて、どこまで親に相談しているか子どもに確認する。生育歴は両親からだけでなく、子ども自身からも聞く(両親の言葉が客観的な事実だけとは限らない)。

 養育者の言葉をあまり鵜吞みにはしない。子どもと親を分けて尋ねることも必要。虐待を疑えば通告をためらわない(守秘義務違反ではない)。

 現在に至るまでの道程を聞く、1つの物語にする(仮説を組み立てる)。こちらの見立てと今後の方針について伝える。援助が一方的なものではなくて、共同作業であることを確認する。



養育者への態度 

 親に対してもあたたかく受容的態度で接する。子どもの幸せを願う者同士が、同じ向きを向いた横並びの関係になるイメージ。専門家づらや、いかにも全て分かっているかのような態度などは禁物。「お母さん過保護ですよ」「強迫的ですよ」など、痛いところを指摘すると反感を抱かれる。

 治療者は、養育の問題点を指摘するだけの審判者にならないようにする→「理解者」であり、「見立てを行い、今後の方向性を判断し、共に実践していく役割」を担う人。親の心配や不安を受容し、子育ての苦労をねぎらうことからはじめる。養育の問題があっても「この親はそうするしかなかった(仕方なかった)」という視点も必要。共感しながらどうすればいいか一緒に考える関係を作っていく。

 治療者も親も、「子どもがその子らしく生きることを見守る人」。親には「お子さんのことで心配されていることはどんなことですか?」と聞くとよい。「困っていることは何ですか?」と聞くと、「学校に行かないから困る」。つまり悪い子だからというニュアンスになってしまう。

 面接の経過で、親自身の問題(発達特性など)が明らかになった場合は、親としての面接ではなく、一個人としての治療もおこなうことを検討。「親に対する助言」と「一個人としての治療」を明確に区別する。例えば「親に対する助言」は親としての娘への接し方。「一個人としての治療」は母(つまり子どもにとっては祖母)とその人の関係についてを扱う。

 多くの場合、治療後は家族のもとで生活するのだから、子どもの成長は治療者ではなく養育者の手柄にすべきである。子どもを直接治療するアプローチよりも、養育者を育てるアプローチの方が重要。これまでの養育者としての対応を認め、自信をもってその後の子育てをできるようにすることが大切。子どもは成長すると、「うちの親をよろしく」といって治療者から離れ、親から自立していく(子どもは親を変えてほしい)。

 家族はどんな気持ちで受診しているのか配慮する。自発的にせよ勧められてにせよ、医療機関に相談するということは子どもを何とかしたいと考えている(子どもを精神科に受診させることは当たり前のことではない)。家族との良好な関係が子どもとの治療継続につながる。そのうえで養育上の問題点を指摘し、改善すべき点を助言する。家庭内力動を診たて、適切に介入することも重要な治療的アプローチとなる。

 


 治療者が注意すべきこと

 自分自身の問題を背景としすぎない(自分の親は支配的であったから、この子にはもっと自由にさせてあげたいと考えすぎてしまう等)。「子どもはTVゲームより外で鬼ごっこをするほうが健全だ」などと、自分の子ども時代を物差しにしない。今は社会環境が異なる。自分の感情で良かれと思い、個人的なかかわりをしない。適度な距離を保つことが大切。

 子どもの理解(見立て)を深める過程が治療でもある。治療者は自分の心と子どもの心をしばしば混同する。自分の生い立ち、現在の環境などが関係。→スーパーヴィジョンをうけるか、多くの意見を聞くことで客観性を維持しながら柔軟に修正する。→自分の特性・傾向などを理解した上で、見立てや治療を考える。

 子どもは親から自立していく存在。子育てとは、子どもの一生を引き受けられないということをお互いに共有すること。

 よい助言者であるよりもよき理解者であること。子どもを変えようとしない。育つまで付き合うことができるかどうかが大切。

 子どもに対して必要なお世話と余計なお世話がある。「どうしたら子どもの心と付き合っていけるのだろうか」と悩む前に、そう思っている自分自身の心とどう付き合っていくのかを悩んだほうがいい。子どもの心を見失い、知りたいと思うのであれば、子どもに対する自分の心に気付けばよい。心の距離を物差しにしながら。

 子どもへの無力感や不全感を体験した時、子どもが抱える無力感や不全感に心から共感する機会となる。子どもとのかかわりに疲れて、心から癒されたいと思う時、子どもの癒されたい気持ちに初めて寄り添うことができる。



プレイ・セラピー

 ラポールの形成(相互信頼、感情交流)が前提。受容的、非支持的、自由な雰囲気を作る。(必要に応じて制限することも)

 子どもが自由に表現できる。情緒を表出できる。子どもの選ぶ遊びを批判しない。空想や幻想を受け入れる。白紙の中立の立場で観察する。子どもについていく。子どもの問題解決能力、治癒力を信じる。待つ。

 心の成長を妨げているもの(無意識の衝動、願望、不安)を表現することによって、それを乗り越え、心の物語を表現する。遊びは集団とのかかわり、社会性につながっていく。


箱庭療法(Sand Play Therapy)での治療者の態度

 「どんなものでも自由に作ってください」 傍らで作られていく過程を一緒に楽しむような気持で見守る。

 態度、話す内容、玩具を置く順番、迷いなどを記録。作っている途中に介入しない。感想も言わない。長引く場合は治療者の判断で中断。完成後に「これはどんなものですか」と尋ねる。治療経過の中で、作品をシリーズとして流れで見ていく。患者に解釈はしない。診断であり治療。


薬物療法 

 休養、睡眠、心理的介入、環境調整が優先される。発達段階にある子どもに向精神薬を投与することへの懸念、エビデンスが少ないこと、適応外使用の問題がつきまとうことなどを十分に理解する。

 抗精神病薬は ASDの易刺激性、統合失調症、うつ病、躁うつ病に用い、抗うつ薬は うつ病、不安症、強迫症、PTSD、摂食障害、ASDに用い、気分安定薬は双極性障害に、抗ADHD薬はADHDの多動/衝動性、ASDの易刺激性に用いられることが多い。

 保険適応があるのは、神経発達症に伴う入眠困難の改善にメラトベル。ADHDにアトモキセチン、インチュニブ、コンサータ、ビバンセ。ASDの易刺激性にリスペリドン、アリピプラゾール。強迫症にフルボキサミン。12才以上の統合失調症にブロナンセリン2㎎から。

 それ以外の薬は疾患自体に適応を取得していても、小児での治験をしていないため適応外使用となる。例えば強迫症やうつ状態にセルトラリン12.5mg等を使用する場合、本人と保護者に説明して同意を得る必要がある。


 インフォームド・アセント:これから受ける医療行為などの内容について、医療従事者がその子どもにわかりやすく説明し、納得してもらうこと。

 説明の実際(トゥレット症の場合) 

アリピプラゾールが日本では保険で認められた以外の使用(適応外使用)であること、日本では統合失調症に使われている薬であることを説明する。

国内外の専門家がトゥレット症に対して使用している現状を説明する。海外では適応が取れている国があること、自分の使用経験も説明する。

予想される効果、副作用出現時の対応、いつでも中止を相談できることを説明する。

年齢によっては子どもへの説明。同意を取得した旨をカルテに記載する。

 投与に際しては、少量から開始し、漸増、用量は必要最小限でかつ効果がある、その子にとっての至適用量を探す。投与前に身体的なアセスメントを行い、開始後も定期的なモニタリングが必要。薬剤の色・剤型などの説明も行う。




 助けを呼ぶ子ども  

 学校へ行けない、暴れる、自分を傷つける、ご飯を食べない、身体化(心因性発熱、視力障害、聴力障害、繰り返す腹痛、過敏性腸症候群、周期性嘔吐症、起立性調節障害、夜尿、気管支喘息、アトピー性皮膚炎)


 症状とその意味  間違った対応の例

✕不登校の子どもに「学校は大切だから行こう」と促す。

✕自傷に対して「親からもらった大切な体を傷つけるのはやめなさい」

△食べるように、死なないよう約束。間違いではないが、一方的に約束させられても、治療者が楽になるだけで、子どもたちのしんどい気持ちが楽になるわけではない。


症状の理由を考える

 症状はSOSのサインである。激しい症状ほど緊急の対応を必要としている。例えば不登校、自傷、拒食は、安全弁として、自分の心を守っている場合もある。生き延びるためにはそうするしかなかったという視点を持つ。一見理由の分からないこだわりや強迫行為は「安心の砦」かもしれない。


不登校

 「不登校」とは両親の主訴である。本人は「どうして学校に行けないのかわからない」、「学校には行かなくてはならないとは思う」と話すが、実際は、不安や身体症状等に困っている。この時、一方的に再登校を目標にすると、治療者も親や教師と同じ立場になってしまう。「学校は行かなくてはいけないわけではない」というスタンスで見守る。押しつけがましさを感じさせない遠いラジオの声のように(斎藤万比古)。

 明らかな身体疾患、精神疾患等がなければ、不登校になった心理社会的背景を考える。長い期間を要することを覚悟する。虐めなら虐めにあった期間の半分は最低必要。親は腹を据えて待つ。待つ間に社会活動の場や、結びつきを仲介する人や機関を探す。

 治療導入にあたって、まず本人の状態を親とともに受け入れる。心の成長に寄り添い、徐々に自主性が芽生え、本人なりの速度で歩み始めることを親ともに支援する。


初回面談 

 子どもに対して、いきなり学校のことは聞かない。好きな物のことを聴きながら、徐々に質問の内容を変えていく。カナーの三つの願い(魔法使いが願い事を三つ叶えてくれるとしたら何を願う?)のように、ファンタジーやたとえ話を用いながら、ゆるやかに核心の問題を扱っていく。

 子どもの様子を観察。座り方では、足が床につかない、椅子を落ち着かず揺らす、回す、立ち上がってしまう。母親の服を握っている。後ろに回る。逆に母親が出て行っても平気など、家族とのかかわり方、位置の取り方。

 不登校の原因を見立てる。学校での虐め、教師との関係、親との分離不安、虐待、身体的な問題、神経発達症など、原因によって対応が異なる。

 治療でもっとも重要なのは、生活リズム、生活習慣を整えること。登校していなくても、例えば、家の手伝いをできていることを褒める。