マインド・コントロール

  この数年、カルト宗教、TV局や芸能界などで、強者から弱者への強要、具体的には高額の寄付、児童虐待、性加害といった問題が取り沙汰され続けています。


 こういった事件では、多くの場合、立場の違いを利用したマインド・コントロールが行使されています。その被害者の回復のためにカウンセリングや様々な精神療法の技法が用いられます。

 カウンセリングもマインド・コントロールも心に影響を与えますが方向はまったく逆です。

 カウンセリングでは、その人の話を傾聴し見守ります。うるさく指示はしません。「あなたは今何を心配しているのか教えてほしい」という態度。意思決定は、友人、家族にも相談してもらいます。本人の主体性を引き出し、様々な人から意見をもらい、選択肢を増やすためです。

 マインド・コントロールでは、「私の言う通りにすれば大丈夫」と指示。「あなたの友人たちはみんな君の悪口を言っていたよ。僕だけは味方。あなたのために言っているんだよ」と伝えます。みんなが敵だと錯覚させ、不安をあおり孤立化させ、選択肢を狭めます。「あなたのために言っている」とは、すなわち、「お前の考えはすべて間違っている」ということです。

 これから看護師になる皆さん、上に書いたマインド・コントロールの基本をよく覚えておいてください。これを使う人は、最初はいかにも優しそうに言ってくるので惑わされないでください。
 
​​​​​​​ 万が一、これから述べるような危機的状況に立たされたら、親しい友人や同僚、家族に必ず相談してください。そのうえで、少しでも迷ったら最初の段階で誘いを拒否してください。看護師資格を持っていれば働けるところは他にもあります。仕事をクビになってもかまわないつもりで挑んでください。そうしたら案外なんとかなるものです。


 以下の内容は、職場で起こりうる典型的なパターンを描いています。医療者向けに書いていますので、内容にショックを受けそうな方はここから先は読むのをお控えください。



 新卒で就職したばかりで、何もわからない看護師の女性Aさんは不安でいっぱい。無意識に頼れる指導者を求めていました。職場で決められた直属の上司Bは40代男性。

 上司Bは、ガチガチに緊張したAさんを「君は若くて可愛いよ」とほめまくり、しだいに個人的問題を聞き出していこうとします。Aさんは上司Bしか教わる相手がいないから容易です。

 今まで何もかも親の言いなりで決めてきた。親しい友人や恋人もいない。自分は変わらないといけないと考えている。そういったAさんの劣等感はBに筒抜け。親兄弟、友人との繋がりが希薄で世間知らずな人が性加害者のターゲットになりやすいです。

 「あなたは今、人生の転換期にある(カルト宗教の殺し文句)」「有名人の来る店を知ってる。来週がチャンス」「上司と旅行に行くのは普通」

 親切な上司を装って、Bは教育によってしだいにAの認識を変えていく。そのうえ仕事が何もわからない状況では、仕事を教えてくれる上司を理想の異性のように錯覚してしまうかもしれません。ましてやAさんが仕事で失敗しがちで混乱しやすい人だったら? 

 担当患者が亡くなったりといった、人生で最も不安な状況で優しく教えてくれる上司が旅行に誘い、一回り以上年上の既婚者の信頼できる上司が、「遅くなったから泊まろう」と言われたら拒否できるでしょうか。

 一度、関係を結んでしまえば、飴は要りません。とたんに雑に扱います。「俺に愛してくれって頼むのはメンヘラ」「妊娠したら堕して」など手のひらを返した言動を続けます。いったん優しさに依存させておいて、その優しさを急に与えなくすることで不安に突き落とし、離れなくさせます。

 しかもAさんは最初に可愛いと言われて、ほとんど催眠状態で、既婚者の上司Bと関係を結んでしまった事実から抜け出せません。初めて自分で決めた(と思いこまされている)決定を、後で間違いだったとは思いたくない心理も働きます。「もしかしたらもう一度優しくしてくれるかもしれない」、すがってしまうのです。


Aさんの心理を説明する上で、ロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器」より、人を操る6つの原理を紹介しておきます。

①「返報性」何かしてもらったらお返ししないといけない

②「一貫性」自分で決めて継続してきたことを後から今さら変更できない

③「社会的証明」周囲の人が認めているものを自分も信じたくなる

④「好意」自分が好意を抱いている人からの頼みは断りにくい

⑤「権威」TVCMをしている有名な会社の商品を高くても信頼して買う心理

⑥「希少性」今買わないと売り切れる!珍しいと言われると買いたくなる

上司Bはこの6つの原理をうまく使っていることに着目ください。

 

 話を戻します。仕事において、上司BはAさんに「君は悪くない」、「何も考えなくていい」、「みんなは君を心配して注意してるんじゃない。陰でAさんの悪口を言ってるよ!」と教え込みます。

 とても巧妙でずるい方法です。本来ならAさんを助けてくれるはずの同僚や他の上司にも、これで相談できなくなります。他人と相談できないから、誤った考えが修正されません。周囲からの隔離(Isolation)がマインド・コントロールのキモ。正しい情報を与えない。


 仕事の能力は上がらないが、Aさんは自分で判断しなくていいから楽なので、そのままずるずる関係を続けます。最初のうちだけ優しくしてくれましたが、すぐに、ひたすら性行為のために連れ出されるようになります。そのころにはBに完全に依存する状態になっており、Aさんは思考停止しています。こういった状態はこだわりの強い自閉スペクトラム近縁の人が特に陥りやすいですが、知能に関わらず誰でも陥る可能性があります。

 マインド・コントロール下にあっても、真実のAさんが消えてなくなったわけではありません。白馬の王子様が自分を連れ出してくれると夢見ていた真実のAさんは、無意識に押し込められて泣き叫んでいます。これは解離です。

 その影響で現実のAさんは仕事中に、別の優しい上司に突然、怒りだしたり、泣き叫んだりするようになります。これは過覚醒です。

 奴隷のような状態が長年続いているのですから自己価値は低下し、得体のしれない悪夢が続きます。「死にたい」とつぶやくようになります。性加害による複雑性PTSDで、一見するとパーソナリティ障害にみえます。

 マインド・コントロール下の複雑性PTSDでは、PTSDの主要症状である、再体験(侵入)や回避は目立ちません。自分が被害に遭っていることをしっかり認識できていないのだから当然といえば当然です。

 Aさんは最悪、自殺します。なお、なぜ上司Bはやりたい放題できるかというと、多くの場合、部署を統括する上司と仲良くして、黙認させているからです。



 では、こういったマインド・コントロールをどうやって解けばいいのでしょうか。

  一見、うつ病、躁うつ病、不安症、パーソナリティー障害に見える場合に、マインド・コントールの影響による気分変動や過覚醒、悪夢をまずは疑わないといけません。薬物治療が不自然なくらいに効かないことも重要なサインです。

 現在、人間関係や仕事などでつらいことはないか?など聞いていき、その話の中のかすかな矛盾に敏感になってください。そうやってAさんとの信頼関係を築きながら、彼女が別の道に気づくよう導きます。

 優しい、頼りになる上司(これはカルト宗教の教祖やTV局のプロデューサーでも同様)で、こんなに親切にしてくれた!という話も、ひとまずは黙って聞き、理解を示します。Aさんが今まで仕事を続けてこられたのは確かに上司Bのおかげなのですし、孤独なAさんの気持ちを一時的にでも救ったのも確かなのですから。

 「いっときでも上司Bは自分のことを分かってくれた」という気持ちがあり、Aさんに親しい友人や仲間がいないかぎり、今現在どんなに酷い扱いを受けていても、そこから抜け出すことは容易ではありません。実際には最初から利用されているだけだったとしても。

 ですので、支援者は上司Bの行為を否定するのではなく、Aさんが惹かれていった経緯や、その気持ちを共感的に受け止める必要があります。そうでないとAさんは自分の信じていた存在(上司B)を守ろうとして防衛的になってしまいます。「私は彼を愛していた!」と言い続けるかもしれない。支援者が共感的だが中立の姿勢を保つことによって、Aさんは安心してありのままの事実を語ることができるようになります。しだいに違和感や矛盾、自分の中に二つの気持ちがあることに気づきます。

Bを信じていた気持ちと、Bに騙されていたのではないかという気持ちの両方を語ってもらいます。その過程で、自分が依存していたもの、支配されていたものについて、Aさんは少しずつ自覚していきます。そうしてAさんが自分の本来の感情、真実のAさんにもう一度出会えるのを見守っていきます。