TOIN BASE Mとあれこれ話その6 さとうもとき/しばたやん子 / 「優れたパーカッショニストは、一番大事な音を叩かない」
今回はいつもの三重県の北勢地域、東員町のBase Mの話に加えて、名古屋は鶴舞KDハポンの話もたくさん書いています。
2026年4月22日 三重 桑名の隣町、東員町のToin Base Mで、恒例のさとうもとき/しばたやん子さんの弾き語り。今回はツーマン。
北海道出身、関東を中心に全国で活動する、さとうもときさん。彼の歌のテーマには、個人的に、アタッチメント(≒愛着)、基本的信頼というテーマはあると感じるんです。勇ましい曲もあるけど、その前提に、安全基地としての母親があるから頑張れるみたいな。母性的な包み込む感じが。
子どもが様々な事情があって、失敗体験、挫折をする。そんな時、お母さんだけが僕を理解してくれる。赤ちゃんの頃、母親に抱かれた感覚。昔、クロスビートの記事でジム・オルークが、「フォークソングはみんな同じ。だから歌詞が分かると、そのミュージシャンのことが分かる」みたいなことを答えていましたが、そんな話。そういえばRC Successionの「君が僕を知っている」もアタッチメント、基本的信頼についての歌だと思います。私はこの曲が「トランジスタ・ラジオ」より好きかもしれない。
この日、しばたやん子さんが「つられ笑い」という曲を演奏する前に話したこと。
「サイゼリヤでライブ前の時間つぶしをよくするんですけど、嫌な客になりたくない。「ドリンクバーだけで粘りやがって」とか、バンドマン一括りで嫌われたくないから色々注文する。でも今サイゼリヤで若鶏のディアボロ風が販売中止していて。
戦争のせいで若鶏のディアボロ風が食べられないし、人が死ぬのも好きじゃない。」
エリート層的な理性や知識からくるものじゃない。ひもじいとかお腹いっぱいとか、心の底の無意識からくる身体感覚。新聞を読んだりコンピューターで分析して頭で出した答より、「おなかすいた!」のほうが伝わります。
認知科学者の明和政子が、ドラえもんが子どもを安心させるのは、のび太と同じようにお腹が空いたり、夏は暑がったり、好きな猫に会うとドキドキして何もできなくなる。人と同じような身体内部からくる感覚があるからだ、と言うようなことを書いていました。
最新のAIに、いきなり正しい解決法、ファイナルアンサーを与えられても、のび太は成長しません。ドラえもんが一緒に悩んで試行錯誤してくれるから、時にはドラえもんも間違ってしまう。でも共にいるから、ずっとそばにいてくれるから嬉しい。
友人の精神科医の幸村州洋先生と、人間の営みのどこまでをAIに任せて、どの部分を私たち自身が頑張るべきか、みたいな話をしていました。
彼は山中康裕や北山 修(ザ・フォーク・クルセダーズ)のような歌う精神科医であり、曲も書くシンガー・ソングライターです。
AIにどこまで演奏を任せられるのか、歌唱のピッチ補正をどこまで機械でおこなっていいのか、自分の歌う技術を高めるべきかみたいな話。
上手くても心に響かない歌もあるし、下手だけど、歌い手の感情が伝わって泣ける歌もある。
サイコセラピー(精神療法/カウンセリング)が効果を発揮するのは、歌や踊りが心に響くのは、一つに、お互いに同じ感情を共有してるから、だと思います。
「死にたいくらいつらいんです。何度も自殺を考えました。胸が張り裂けそうに苦しい」と、身体感覚/感情レベルの救いを求めている人に対して
「そんなことないですよ。あなたなら乗り越えられます」とか、理性レベルの結論を突きつける対応を精神科医がするとしたら?
その言葉のうちに、相手は「1人で頑張れよ」という突き放すニュアンスを感じてしまうかも知れません。助けてくれない。その精神科医はその場にいないのです。
でも、偉そうなことを書く私は、過去に少しでも類似の対応をしたことがないか。子どものころまでさかのぼれば無数にあります。考えると胸が苦しくなります。
一緒に悩むと言えば、2026年4月25日名古屋は鶴舞ハポンで、東京のイベンター水庭さん企画で、まさに演者と観客が一緒に悩んで完成させていくかのようなイベントを観ました。
感情の揺れ、身体の奥に響く感覚を大切に、一緒に音楽を組み立てていく。
hoohosは、以前トゥラリカというバンドのギタリストで、今はthe act we actのメンバー、たくみさんの別ユニットで、論よりライブ映像を観てください。
音を抜いたり、少しずつ戻ってきたり、叩きそうで叩かないで、音を想像させたり、ジグゾーパズルのような音の断片が聞こえたり、引っ込んだりする。本来演奏されるべき曲調が再現されてくると、逆に惜しいような、完成しない美学を感じました。めちゃめちゃ面白いです。でも、これはある意味、究極の修行かもしれない。
電子音で踊るスタイルになったピーターフォークは、子守唄のような歌謡ニュー・ウェイヴとでもいうか。バンド、アコースティック、試行錯誤の末に、このスカスカの音に辿り着いたのでしょうか。南山、名城、愛知県芸の軽音サークルの伝統や、ルー・リード「ワイルドサイドを歩け」のドーワップ調のコーラス引用というかオマージュを感じさせたり。
Shinowaのいる山口からやってきたウパルパengeiもやはり、必要な時に出す音と、抜く音のバランスが気持ちよかったです。脱力していても、根っこにあるリズムは強くて。そして、いざ轟音になってもうるさくない、平熱の疾走。だから私も大好きなUSインディー・ロック、初期のR.E.M.とかPavementとかを思い出しました。Strokesのカバーしてるのもカッコいい。
25日にお店に入ったときに、いつもに増して笑顔でモモジさんに「この人、森君」と彼女たちに紹介されたので、モモジさん的にも気に入っているようです。また名古屋に来てくれそう。
モモジさんのスティーブジャクソンの新曲とウパルパengeiの唯一の音源がこのコンピレーションに収録されています。
北九州から来られた藤井邦博さんは、演奏も客への問いかけもシームレスに繋がっていて、曲作り、問いかけ、演奏全てがひとつながりで、相手の反応をみて微調整していきます。
それが本来の形ではないでしょうか。決まりきった「アンコールありがとう 来てくれてありがとう 手拍子お願いします」の方が分かりやすいし楽しいかもしれないけど、既定路線の良さと、その場の繊細な真実をお客さんと一緒に紡いでいく良さと、どちらも面白い。
さとうもときさんが自分の子どもの頃の体験を、後悔を、あくまで自分のこととして語り歌うことで、聴く者の類似した後悔をやわらげたかもしれません。
政治的な正しさを打ち出すより、しばたやん子さんの、お腹が空いたけど大好きなメニューが食べられない、の方が広い共感を呼ぶかもしれません。
分かりやすいコーラス、ギターソロの気持ちよさを否定はしません。その良さが前提にあっての話です。
あえて、ズラす、音を抜く、ミュートする。村上春樹の創作上の信条「優れたパーカッショニストは、一番大事な音を叩かない」を思い出します。水庭さんのイベント出演者に共通していたのは、そういった姿勢のような気がしました。
叩かないことで、聴き手にその音を想像させる。鳴らされた音は鳴らされた音でしかないけれど、鳴らされなかった音は聴く人それぞれで多彩で無限です。
一緒に考える。ともにたたずむ。そばにいる。その流れの中で、それぞれが気づくこと。
TOIN BASEMは、名古屋から近鉄急行ないしJR快速みえで約20分の三重県の桑名へ。隣接する三岐鉄道北勢線「西桑名」駅から「穴太(あのう)」下車。南へ徒歩8分。音が良い店。スパゲティとかピザとかも食べられます。
2024年7月に桑名から隣町の東員町に移転。原田真二、ファンキー末吉(爆風スランプ)、ギターパンダ(DEEP & BITES、忌野清志郎 & 2・3'S等)、ワタナベマモル(グレイトリッチーズ)といったロック・レジェンドや、坂田明のようなジャズの重鎮など、素晴らしいミュージシャンが日々出演しています。
5月は、30日/31日の二日間にわたって、しばたやん子さんで始まり、さとうもときさんが締める「蛍フェス」が開催されます。
