河合隼雄の心理療法――ともにいて、こころの流れについていく
はじめに 心理療法って、何をすることなの?
心理療法というと、「悩みを聞いてあげること」「病気を治すこと」「正しいアドバイスをすること」と思うかもしれません。でも、河合隼雄の本を読んでいると、それだけではないことが分かってきます。河合の心理療法には、将棋をしたり、キャッチボールをしたり、紙飛行機を折ったり、何もせず部屋の片隅に座っていたりする場面さえ出てきます。治療者が「こうすれば治る」と操作するのではなく、その人と一緒にいて、その人の中にある力が動き出すのを待つのです。
河合は、心理療法とはその人の潜在的な可能性を育てることだと考えました。実際に変わっていくのは、治療者ではなく、その人自身の力です。ただし、その力は最初から「良い形」で現れるとは限りません。自立したいという気持ちが家出になったり、生きたい気持ちが「死にたい」という言葉になったり、分かってほしい気持ちが暴力や万引き、非行、親への反抗として現れたりすることがあります。
もちろん、だからといって危険な行動を「良いもの」として認めるわけではありません。自殺や他人への暴力、武器の所持など、まず安全を確保しなければならない場合もあります。しかし、安全を守ることと、その人を理解しようとすることは別の仕事です。危険な行動を止めながら、「なぜこの人は、このような形でしか苦しさを表せなかったのだろう」と考えることができます。
河合のいう「ともにいる」というのは、相手の世界に入っていくことです。しかし、相手と一緒になってしまうことではありません。外側から冷静に観察するのでも、上から相手を操作するのでもない。自分もその人の世界に入り込みながら、自分自身の足場を失わない。そして、ときには答えの出ない問いを、二人で持ち続ける。心理療法の大切なところは、案外そこにあります。
たとえば「父親を殺したい」と言う人がいたとします。「そんなことを考えてはいけない」と説教するのは簡単です。しかし、河合が考えるのは、「なぜこの人は『殺したい』と言わざるを得ないほど苦しいのか」ということです。そこを本当に理解することと、殺人を肯定することはまったく違います。むしろ、相手の痛みをこちらが本当に受け止めて、尊重することで、その人は「殺す」という行動をしなくても、自分の苦しさを別の形で表現できるようになるかもしれないのです。
もしも、その人が実際に父親を殺してしまったとしたら、「本当はそんなつもりではなかった!」と悔いるかもしれません。そんな当人でさえ分からない人の心を第三者がどうして知れようか。人の心などわかりようがない、ということを確信を持って知ることから、私たちは出発します。
本当の専門家はむやみに分析したり、判断したり、原因探ししたりしません。その人が悪い。父親が悪いなどと一方的に決めつけたりせず、会い続けていると、その人がふと、父親の良い側面を思い出したり、それまで見えなかったものが見えてきたりします。
この本では、難しい理論から始めません。子どもや大人との具体的な出会いから、河合隼雄が心理療法をどのように考えていたのかを見ていきます。
第一章 「わかる」って、どういうこと?
「つらかったですね」「あなたの気持ちは分かります」と言われると、普通は親切に感じます。でも、そんな言葉がかえって遠く感じられることがあります。人は、本当に苦しいときには、慰めの言葉がほしいのではなく、ただ誰かにそこにいてほしいことがあるからです。
河合のいう共感は、「同じ経験をしたから分かる」という意味ではありません。自分が経験していないことでも、自分の中にある似た感覚を手がかりにして、相手の世界を想像していく。たとえば草花を踏んでしまった経験を深く考えていけば、「何かを傷つけてしまった」という感覚から、人が死ぬこと、人が殺されることへまで想像を広げていくことができる。自分と相手は同じではないけれど、自分の経験を足場にして、相手の経験へ近づいていくのです。
ここには、ロジャーズのいう「無条件の積極的関心」「共感」「自己一致」にも通じるところがあります。どんな話でも、まずその人の話として関心をもって聴く。そして相手の立場から感じようとする。そして、治療者自身の気持ちと言葉が食い違わないようにする。「何でも話していいですよ」と言いながら、心の中では「そんなことを言われても困る」と思っているなら、そのずれは案外、相手に伝わります。苦しんでいる人は、治療者が本当に自分を受け止めているのかどうかを、とても鋭く感じ取るからです。
だから、「父親を殺したい」と言われたときも、「その気持ちは分かります」と口先だけで言えばよいわけではありません。「分かります」と言いながら心の中では「殺さんでくれ」と思っているなら、相手との距離は縮まりません。もちろん実際に人を殺すことを認めるわけではありません。それでも、「この人が、なぜ『殺したい』と言わなければならないのか」というところまで、自分自身の人間としての経験を使って近づいていく。そのとき初めて、共感が単なる言葉ではなくなります。
河合は、治療者の「器」ということを大切にしました。これは知識が多いという意味ではありません。怒り、憎しみ、不安、嫌悪、分からなさといったものを、すぐに説明したり、追い払ったりせずに抱えていられることです。「まだ分からない」という状態に耐える力ともいえます。治療者が早く答えを出そうとすると、患者のほうが置き去りになってしまいます。だから、ときには何も言わずにそばにいる。その時間そのものが心理療法になることがあります。
第二章 「できないことは、できない」と言う
心理療法には「枠」があります。面接する場所や時間を決め、いつ始まり、いつ終わるかをある程度定めます。これは冷たい決まりのようにも見えますが、実はその枠があるからこそ、患者は自分自身で考えることができます。
たとえば、面接の最後になると必ず「死にたい」と言う人がいるとします。治療者はもちろん安全を確認しなければなりません。しかし、毎回その言葉が出たからといって面接時間を無限に延ばせばよいとも限りません。時間が終わるという枠があることで、「なぜ私はいつも最後になると死にたいと言うのだろう」と、その人自身が自分の行動について考え始めることもあるからです。
河合が繰り返し語るのが、「できないことは、できない」と正直に言うことです。約束を守れないなら、もっともらしい言い訳をするのではなく、「できません」と言う。たとえば「勉強会に行かなければならない」と言うより、「私は勉強会に行きたい」と言ったほうが、治療者自身の本当の気持ちに近い場合があります。自分の都合を「義務」のように見せかけないことです。
一方で、患者の要求を何でも受け入れることもできません。少年がナイフやピストルを隠し持っていて、「誰にも言わないで」と頼んできたら、状況によっては秘密を守れないことがあります。安全や法律上の責任を優先しなければならない場合もあるからです。それでも、「言うか言わないか」だけで話を終わらせず、「なぜその少年は武器を持っていたのか」「なぜ今、治療者にそれを話したのか」と考える。限界を示すことと、理解しようとすることは両立します。
また、治療がうまくいかないとき、患者や家族のせいにしてはいけません。河合は、治療者が「あなたの問題です」と相手に荷物を全部背負わせるのではなく、自分も一緒に荷物を持って歩くような姿勢を大切にしました。治療者も旅をしている一人なのです。
ある非行少年を熱心な教師が自宅に住まわせてまで、親身になって世話をしていました。やがて少年はずいぶん良くなったように見えました。ところがある日、少年は教師の給料を盗んで逃げてしまいます。教師は「こんなに尽くしたのに」と思うでしょう。でも、それは非行少年からの無言のメッセージかもしれません。「先生、周囲に自慢したいだけちゃいますか。本当に僕のことを見てくれてましたか」。良いことをしているつもりでも、治療者が「自分はこんなに頑張った」と得意になった瞬間、相手との距離が開いてしまうことがあります。
第三章 「困った行動」には、何か意味がある?
子どもが物を投げる。学校から逃げる。万引きをする。暴力を振るう。「死にたい」と言う。大人から見れば、どれも困った行動です。しかし河合は、行動だけを止めて終わりにはしません。その行動が、本人にもまだ言葉にできない何かを表していないかを見るのです。
ある緘黙の子どもが、カウンセリングを受けるうちに、クラスで物を投げ始めました。やがて他の子どもと物を投げ合い、誰かの頭に当たって先生から注意されます。そのとき、それまでほとんど話さなかった子が、「今のは僕やない」と言いました。問題行動がなくなったことだけを「治った」と考えるなら、この変化は悪化に見えるかもしれません。しかし、その子が初めて自分の言葉を出したという意味では、大きな変化でした。
河合は、カウンセリングを「近所迷惑なもの」と表現することがあります。これはもちろん、危険な行動を放置してよいという意味ではありません。心理療法が進むと、それまで黙っていた人が怒ったり、反抗したり、治療者に文句を言ったりすることがあります。治療者にとっては、そのほうが大変です。しかし、何も言わずに治療者に従っていることが、必ずしも良い状態とは限りません。主体性が出てくると、関係は一時的に「面倒」になることがあります。
「死にたい」と言う子どもに、「生きていたら、いいこともあるかもしれない」と言ったところ、「その程度のことしか言えないのか」と返された、という話もあります。そこで治療者が圧倒されず、「そうや、その程度なんや。あんたのほうが生死についてずっと考えているんやから、もっといいことが浮かぶんやないか」と返す。これは「死にたい」を「本当は生きたいんでしょう」と勝手に翻訳してしまうのとは違います。まず安全を確認したうえで、その言葉を本人の手に返し、「あなたはこの言葉をどういう意味で使っているのか」と、一緒に考えるのです。
一方で、「正しいこと」が人を追い詰める場合もあります。母親が子どもの将来を思って一生懸命英才教育をする。しかし、子どもはそれによって追い詰められ、悪い行動をするようになる。そこで河合は、「子どもを追い込んだのはお母さんですよ」と母親にも伝える。ただし、母親を悪者にして終わるのではありません。さらに「あなたが子どものために一生懸命だったことも分かる。でも、その行為が子どもを苦しめている」という二つを同時に抱えるのです。
意見を伝えるときにも、「あなたが間違っている」と断定するのではなく、「あなたの考えはこうですね。でも、私の考えはこうです」と対等な場所に置く。相手が反論できる、話し合いができる余地を残すことが大切です。そうでないと、正論ばかりではなく、ときにはくだけたユーモアも必要です。そうでないと、子どもは親に反論できなくなり、言葉の代わりに暴力を振るうことさえあります。
また、仕事がうまくいかず上司が嫌いだから転職したい、という相談もあります。配置換えや転職を勧めれば、問題は解決したように見える。しかし、「なぜこの上司がこんなに憎いのだろう」と考えていくと、父親との葛藤など、自分自身の問題に触れていくことがあります。外の誰かを責める話が、いつの間にか自分の内面に戻ってくる。心理療法とは、そのようなところまで本人が自分の力で考えていけるようにすることでもあります。
第四章 子どもは、自分の力で変わっていく
子どもは、いつも言葉で自分のことを話すわけではありません。遊び、絵、スポーツ、沈黙、ふざけること、反抗すること。その一つひとつが、その子の世界への入り口になります。
だから「何か悩みはない?」と聞く代わりに、「何か好きなことはない?」と聞いてみる。すると、「好きなことはあまりないけど、あんたに話すのは嫌」と言った子がいました。そこで叱ったり、「せっかく聞いているのに」と言ったりせず、「うまいこというな」と受け止める。自分に「嫌だ」と言えることも、その子の力だからです。
ずっと黙っている子どもが、次回も来るかと聞かれてうなずき、予約票で紙飛行機に折って飛ばした。治療者が「よく飛んだな」と言うと、子どもは「こんな折り方もあるんや」と返した。問題について何も話していないのに、関係は動いています。子どもは治療者がどこまで自分を受け止められるのか、どこまで自分のやり方を許してくれるのかを試していることもあります。まず行動が変化し、それにともなって内面も変化していきます。
不登校の子どもには、完璧主義が見られることがあります。一度学校を休むと「完全にできなくなった」と感じ、そのまま行けなくなる。ある少年はカウンセリングにはいつも時間ぴったりに来て、「一時間前から待っています」と言いました。治療者が「すると君は今まで一度も遅刻したことがないのか!」と驚く。遅刻どころかずっと不登校であるのに、と二人で笑い合った。偶然生まれたユーモアを共有することで変化が始まります。
好きな碁や将棋を一緒に続け、ついには少年が治療者を負かすようになったころ、学校へ行くようになったという話もあります。将棋が不登校を治したわけではありません。本人が好きなことを通して治療者と関係をつくり、自分の力を使い、少しずつ世界との関わり方を変えていったのです。キャッチボールをしたり、ロケットについて延々と話したりすることも同じです。
治療者には、「ロケットが大地から離れていくのは、母親から自立することの象徴ではないか」と思えることがあります。しかし、それをすぐ本人に伝える必要はありません。解釈を先回りして与えてしまうと、本人が自分で意味を発見する余地を奪ってしまうからです。治療者は自分の中では仮説を持っていても、それを絶対的な答えにはせず、本人がどちらへ動いていくのかについていきます。
家族との関わりでも同じです。不登校の少年が「諸悪の根源は母親だから、母親がカウンセリングを受けるべきだ」と言っているという。それを聞いた河合は「私は諸悪の根源に会う力まではないが、その息子くらいになら会えるかもしれん」と返した。すると「面白い奴だ」と興味を持った少年がやってきた。
父親が「不登校の原因は自分ではない」と力説するなら、「原因はともかくとして、一緒に何ができるか考えましょう」と伝える。責められないと分かると、父親自身が「私の態度にも問題があったかもしれない」と考え始めることがあります。そのとき「やっと分かりましたね」と評価するのではなく、その人自身の気づきとして尊重する。
教師に対しても同じです。「あの子は非行少年だからどうしようもない」と言われたら、すぐに説得して考えを変えさせようとしない。「なんともならんのでしょうな」と聞いていると、教師自身が「いやいや、こんな良いところもあるんです」と言い始めることがある。「さすが先生、生徒のことをよく見ていますな」と返す。人を変えようとするのではなく、自ら変わっていくのを見守る。
第五章 心の中は、そんなに簡単には説明できない
人の心には、簡単に説明できないものがあります。幻聴、妄想、自己臭妄想、醜形恐怖、解離による記憶の欠落、身体の不思議な感覚、繰り返し見る夢。これらを「全部、心からのメッセージです」と考えるのも、「全部、ただの病気です」と考えるのも、どちらも早計です。
たとえば「誰かに監視されている」と訴える人に、「そんな人はいません。それは妄想です」と言えば、その人が経験している恐怖を無視することになります。もちろん、妄想を事実として肯定する必要はありません。、「監視されていると感じることは、その人にとってどんな意味を持っているのか」「その感覚によって、何が少し楽になっているのか」「それがなくなったら、逆に何が出てくるのか」と考えることができます。
嫌で仕方のない幻聴も同じです。薬物療法などによって幻聴が消えれば、それは大きな治療上の変化です。しかし、幻聴がなくなったことで、それまで覆い隠されていた孤独や不安、現実の生活の怖さが前面に出てくることもある。症状を取ることと、その人が生きていくことは同じではありません。
身体についても、河合は心と身体を切り離して考えませんでした。行動療法によって、それまで三段しか登れなかった階段を五段までしっかり踏みしめて登れるようになったとします。それは単なる「行動の変化」に見えるかもしれない。しかし、その人の内面でも何かが変化している可能性があります。逆に、心が変化していく過程で身体症状が出ることもある。ここで大切なのは、すべてを無意識のせいにすることではなく、人間を心と身体に完全に分けて考えないことです。
夢についても、「ライオンが出てきた。だから怖い父親を表している」と決めつければ、それ以上考える必要がなくなってしまいます。ライオンがその人にとって何なのか、どんな記憶や感情を呼び起こすのか。その意味が一つに決まっていないからこそ、イメージはその人の中でさらに動いていくことができます。心理療法では、分かったことよりも、まだ分からないことを残しておくことが大切な場合があります。
恋人が交通事故で亡くなった人が、「なぜ私と一緒に生きることができずに亡くなったのか」と問うとします。「頭を打ったからです」という医学的説明では、その問いには答えられません。医学は死の原因を説明できます。しかし、「なぜこの人が私と生きられなかったのか」という問いは、別の種類の問いです。心理療法は、すべての問いに答えるのではなく、答えの出ない問いを一緒に持つこともできるのです。
だから、症状をすぐに一つの物語へ押し込めないことも重要です。これまでの人生や連続した記憶の中にうまく取り込めないものが、症状や悩みとして現れることがあります。その症状は本人にとっては非常にリアルな現実です。ただし、それも一つの可能性であって、すべての症状をそのように解釈できるわけではありません。
「唯一の正しい現実」を外から教えることより、その人が現実をどのように経験し、それがその人にとってどんな意味を持ち、周囲の人とどのような関係をつくっているのかを見ることが大切になります。症状を治療しながら、その症状を持って生きてきた一人の人間そのものを見失わないこと。それが重要なのです。
第六章 治療者にも、できないことがある
治療者は、患者の人生を代わりに生きることはできません。子どもが「一緒に遊んでほしい」「家でご飯を食べさせてほしい」と言ってきても、治療者はその子の父親ではありません。そこで無理に父親の代わりをしようとすると、かえって関係が不自然になります。
あるとき、治療者よりもうまくその子の相手をしてくれる年配の先生が現れた。そこで治療者が、「自分のところに来なくなった」と落ち込む必要はありません。世界は広い。自分にはできないことをできる人がいる。治療者の手柄にならなくても、その子が助かるならそれでいいのです。
河合のいう「何もしないことを全力で」という言葉も、ここにつながります。治療者が部屋の片隅に座り、何もせずに見守ることがある。それは怠けているのではありません。相手が自分で動くために、治療者が先回りして動かないという、積極的な姿勢です。
しかし、何もしないことと放置することは違います。危険があれば止める。必要なら薬物療法や他の専門家につなぐ。自分ではできないことを「できない」と認める。患者に嫌われることもある。治療がうまくいかず、別の治療者に引き継ぐこともある。治療者が万能ではないことを認めることは、患者を見捨てることではなく、むしろ患者の人生を患者自身に返すことです。
ある立派な大学教授の息子が、「親父は最高だけど、自分は勉強もできないし最低だ」と考え、放火して家出しようとした。普通なら、「お父さんは立派なんだから、あなたも頑張ればいい」と言いたくなるでしょう。しかし河合は、「偉い先生が自分の息子を救えないのはおかしい。お父さんは最低や」と言った。息子は喜んだ。しかし最後に河合は、「あなたは自分で最高の生き方を探さなければならない」と伝えた。
これは父親を本当に「最低」と断定したのではありません。「最高の父親」と「最低の息子」という二つの役割に閉じ込められていた関係を、一度壊したのです。父親の立派さを超える必要もない。父親に反発するためだけに生きる必要もない。自分自身の生き方を、自分で探す。そのために治療者ができることには、限界があります。
心理療法の終わりも同じです。問題が全部解決してから終わるとは限りません。患者が一人で考えられるようになったり、困ったときに別の人へ助けを求められるようになったり、答えの出ない問いを自分で抱えられるようになったりすれば、治療者は一歩下がることができます。
「ともにいる」とは、ずっと一緒にいることではありません。相手の世界に入り、相手の痛みをできるだけ理解しながら、自分の足場も失わない。危険なときには止める。分からないときには「分からない」と言う。必要なら他の人の力を借りる。そして、最後にはその人自身の人生をその人に返していく。
河合隼雄の心理療法には、いくつもの一見矛盾するものが同時にあります。近づくことと距離を取ること。理解することと、理解しきれないこと。助けることと、何もしないこと。受け止めることと、「それはできません」と言うこと。
だから「流れについていく」という言葉が重要になります。治療者が最初から一つの正解を持っていて、患者をそこへ連れていくのではない。その人がどこへ向かおうとしているのか、関係の中で何が起きているのかを見ながら、一緒に歩いていく。
そして、いつかその人が自分の足で歩き始めたら、治療者は少し後ろに下がる。
心理療法とは、「治療者が患者を変えること」ではないのかもしれません。二人が出会い、ともに考え、ときには迷い、その関係の中で二人とも少しずつ変わっていく。その過程を通して、最後には患者自身が、自分の人生を生きられるようになる。
その意味で、「ともにいる」とは、いつまでも手をつないでいることではありません。
一緒に歩けるところまで歩き、歩けるようになったら、そっと手を離す。
それが、河合隼雄の心理療法の一つの姿なのだと思います。