さとうもときについて考えた ~ TOIN BASE Mとあれこれ話その13
2026年9月29日、三重県Toin Base Mで恒例のさとうもときさん、しばたやん子さんのツーマンを観てきました。
やん子さんはCDの発売のめどがたったこと、今日もギリギリの名演を見せてくれて、そうなると、もときさんも全力を出すしかなくなる。だからこのツーマンは良いんです。
後攻、さとうもとき。まずは「お疲れさん」を歌いながら会場を練り歩き、場の空気を掌握していく。最新の弾き語りアコースティック・ミニ・アルバムの収録曲を中心に、この日のもときさんは、いわば、「身勝手の極意」状態だったと思います。
歌の中の哀しみ、後悔、苦悩、喜び、明日への希望、他者と繋がりたい思い、そういったものを直接的に表現しながら、かつ、それらの感情を上空から見下ろしてコントロールしているかのような。
ずっと夢の中だと歌うメロディーが全盛期のTHE BLUE HEARTSを彷彿とさせる、最近の定番曲「50過ぎのロックンロール」。大げさな夢だけが夢じゃない。ずっとやり続けているからこそ語れることがあるという歌詞世界は、さとうもときの根っこの信念かもしれないし、同時に甲本ヒロトの口癖とも似ている。
ヒロトは、「プロ野球選手になるってのは夢じゃないよ。草野球でも楽しんでやり続けたら、夢はもう叶っているじゃないか」というような話をずっとしています。その傍らに、僕は大した人間じゃない。子どもの頃、ずっと死にたかったみたいなことも平然と言う。
最新オリジナル・アルバム『日々を描く』収録の「恋」では、失われた恋物語の、ひしひしと伝わるリアルさ、実在性とともに、それが過ぎ去った過去であることを見下ろして、過ちを認めていく、浄化していくかのように感じました。
そういった印象から、すごく私の主観ですが、甲斐バンドがボブ・クリアマウンテンと作ったニューヨーク三部作の第1作『虜-TORIKO-』収録の「BLUE LETTER」や、解散後の94年のソロ・アルバム『太陽は死んじゃいない』からのシングル「渇いた街」を連想しました。
そこから続いて歌われる「願い一つ」。
「三途の川を渡るとしたら、それまでの人生で出会ってきた人全員と出会う。すごく長いようだけど、すごい速さで出会っていく。一瞬のできごと」とまるでSF映画のような前口上の後に演奏され、歌われる歌詞は、「俺のしたことを謝りたい。君にされたことは気にしてないから」といった内容が、非常に淡々と歌われていく。
本当に大きな、エモーショナルな感情は、だからこそ淡々と歌われなくてはいけない。
「願い一つ」を聴くうちに、ああ、このメロディーは何か、懐かしい曲を思い出すとずっと考えていて、ようやく今気づきました。中島みゆき「時代」だった。
今生では離れ離れになった恋人たちもいつか生まれ変わって巡り合うというような。その辺りのメロディーをかすかに感じるんです。それって、歌詞の世界観、完全一致。きっと、もときさんも全く意識していない偶然だと思うけれど。
そこから、「今日また月を見ている」、「最前線」という定番の大盛り上がりの流れをへて、8thアルバム『野方4丁目』からの「アイラブユーだろ」。
自分がどうした、自分、自分、自分と歌う、自分にばかりこだわる俺たちに本当に必要なのは他者を愛することだろ?と歌う、この曲はまさに今日のさとうもときのアンコールにふさわしかった。
いつも思うのだけど、さとうもときの存在感は、エレファントカシマシ宮本浩次もかくやのロック・スターで、同時に、たえずユーモアや謙虚な態度、誠実さを忘れない。
だから常に、今が旬の男。清志郎を継ぐ男。
こうやって、もときさんの演奏から、好きなロックや歌謡曲を聞き返していくのが楽しい。甲斐よしひろのセルカバー集がリリースされたばかりで、松田聖子への提供曲「ハートをRock」のビデオが公開されていました。それと、今や世界的作家になった川上未映子が、エッセイで、エレカシ好きを公言していて、川上三枝子名義と、未映子名義で歌手デビューしていたアルバムのことも探してみたり。
Toin Base Mは、名古屋から近鉄/JRで急行/快速で約20分の三重県の桑名へ。隣接する三岐鉄道北勢線「西桑名」駅から「穴太(あのう)」下車。南へ徒歩8分。音が良い空間。スパゲティとかピザとかも食べられます。
2024年7月に桑名から隣町の東員町に移転。原田真二、ファンキー末吉(爆風スランプ)、ギターパンダ(DEEP & BITES、忌野清志郎 & 2・3'S等)、ワタナベマモル(グレイトリッチーズ)といったロック・レジェンドなど、素晴らしいミュージシャンが日々出演しています。