昔話のような夜、今池あらたると ~ TOIN BASE Mとあれこれ話その14
「おむすびころりん」の優しいおじいさんがネズミの屋敷で歓待されたのは、おじいさんが、そもそも、ネズミの唄に興味を示して面白がったからなんだなとか。
河合隼雄や山中康裕の影響で、私は通院している子どもに機会あるごとに絵本を読みます。ある夜、絵本のような物語が紡がれるライブを観て来ました。
2026年10月6日、Toin Base Mでよく観ていた山梨のシンガー・ソングライター、aroさんが、名古屋は今池のあらたるとで企画したイベント、なのかな。彼女が好きなミュージシャンを2人招いてだそう。流れがあまりに素晴らしくて、終わってすぐ店主が、次の日程を決めたい!と言ったほど(来年3/23予定)。
一番手は、大阪から、アコーディオンとお話し、みぞたちかさん。
美しく伸び伸びと、どこでまでも広がっていくような声とアコーディオンの響き。
一聴、NHKみんなのうたにふさわしいような。でもよく聴くと、魔女狩りとか、マンドラゴラが、とか不穏なワードがそこかしこに。たとえば、誰かを傷つけること、傷つけられた過去について切り込んでくる。彼女は曲を「お話し」と呼びます。
食べ物についての歌を歌って、アコーディオンが弾けなくなったらフードファイターになりたいと仰っていましたが、美味しいものをたらふく食べるそのイメージがいいんだろうな。それこそアコーディオンの豊満な調べは、まんぷくになったおなかみたい。
みぞたちかさんの、壮大な空間の広がりを感じさせる音楽から、悠久の時間の流れを思わせる二番手、愛知は豊川から、穂乃実さんへバトンタッチ。
「毛布」から「晩酌」への流れから、私は、なおいっそう『百億の昼と千億の夜』や『果しなき流れの果に』のような無限の時間の隔たりを感じました。
「毛布」で歌われる冬の日の夜が、あまりに寒くて。私の中でずいぶん時間が経ってしまったので、隣の部屋で寝ているお婆さんは、もう亡くなってしまっているのではないか、心配になりました。
一転、「夏の終わりのうた」で最後に歌われる一節、公園で見かけたハトが見つめ返してくれた、から、その一瞬、穂乃実さんと野生のハトの間に、ETと少年の間の絆のような、言葉を越えた、対等の理解が生まれました。
「コロボックル物語」で歌われる、スイスの山のハイジじゃないけれど、ヤギと友達になるような歌だから、彼女の音楽は良いんです。
最後のaroさんまで、部屋に掛けられたタペストリーに描かれたような、連続した物語が紡がれます。
彼女を観ると、いつもUAや鬼束ちひろのような曲を、中島みゆきが叙情的に歌い上げているかのようなイメージが浮かびます。加えて、今夜はイースタンユースが叫ぶように連続で叩きつける路地の感覚と同質のものも感じました。
この世界は真面目に生きているほどバカを見る場面が数あります。裏切られることに対する諦念のような、それでも唄われる祈りのような。
「わたしの好きなミュージシャンだけ集めて、それで来てくれた人たちだけだから、集中してない。おだやかな気持ちで歌えています」とか、「歌ってる時自分が一番癒されてるなと思います」と語るaroさん。だから手を抜いているわけじゃなくて、むしろ演奏の強度、完成度が違う。
個人的な閉じられた物語ではなく、それを突き詰めて、友達や仲間、他者に、大きな世界に広がっていく物語。
自分のこだわりや偏屈なところを治そう!とかではなくて、こだわりを突き詰めて、似たこだわりや個性を持っている人を集めれば、無理に自分を変えなくていい。
今、この空間で、いくつかの愛があって、自然にありのままにそこにいる。そういう表現が一番強いと思いました。
余談ですが、今池あらたるとのメニューには健康茶というのがあって、リラクゼーションにも詳しい店主が、その人の話を聞いて、健康状態に合わせた薬膳茶を処方してくれます。
私には、どくだみ、クマササ、ラベンダーを煎じて作ってくれました。様々な絵や彫刻が飾られた店内の素晴らしい音楽と相まって、帰路につくうちに体が軽くなった気がしました。
(おしまい)
Toin Base Mでのaroさんの次回スケジュールは12月3日と、来年2月13日のマスター生誕祭となっています。
Toin Base Mは、名古屋から近鉄/JRで急行/快速で約20分の三重県の桑名へ。隣接する三岐鉄道北勢線「西桑名」駅から「穴太(あのう)」下車。南へ徒歩8分。音が良い空間。スパゲティとかピザとかも食べられます。
2024年7月に桑名から隣町の東員町に移転。原田真二、ファンキー末吉(爆風スランプ)、ギターパンダ(DEEP & BITES、忌野清志郎 & 2・3'S等)、ワタナベマモル(グレイトリッチーズ)といったロック・レジェンドなど、素晴らしいミュージシャンが日々出演しています。