発達特性のある子どもが成人期を迎えるために ― 本人らしい生活と社会参加を支えるために ―
第1部 成人期に向けた基礎づくり
第1章 成人期に向けて育てたい力
1.自分らしく生活するために
発達特性のある子どもが成人期を迎えるにあたり、大切なのは、周囲に合わせて行動できるようにすることだけではありません。自分の希望や苦手なことを理解し、自分で選択し、困ったときには人に相談できることが、本人らしい生活を支える基盤になります。
知的能力だけでなく、日常生活を送る力、他者と関わる力、必要な支援を利用する力も重要です。すべてを一人でできることを目指すのではなく、できることを増やしながら、難しいことには適切な支援を受けられるようにします。
2.自己肯定感と自己決定
本人が自分の希望を伝え、選択する経験を積むことが大切です。日常の小さなことでも、本人の意思を聞き、選べる機会をつくります。
大人が決めたことに従わせるだけでは、自分で考えたり判断したりする力は育ちにくくなります。失敗した場合も、すぐに否定したり、代わりにすべてを行ったりするのではなく、何が難しかったのかを一緒に考え、やり直せるようにします。
本人の気持ちを受け止めてもらえた経験や、困ったときに助けてもらえた経験が、自己肯定感と他者への信頼につながります。
第2章 日常生活の力を育てる
1.生活リズムと活動
起床・就寝、食事、通学や活動など、本人に合った生活リズムを整えます。成人期になってから急に生活習慣を身につけるのは難しいため、幼い頃から日々の生活の中で少しずつ練習します。
活動への参加は段階的に広げ、疲労や感覚過敏などにも配慮します。活動時間を延ばすことだけを目標にせず、休息を取りながら無理なく生活できることを重視します。
2.身の回りのこと
歯磨き、洗顔、着替え、朝食、持ち物の準備などは、日々の生活の中で経験を積みます。
本人が自分で取り組みやすいように、次のような工夫をします。
持ち物を置く場所を決める。
チェックリストや写真、イラストを使う。
手順を細かく分けて伝える。
必要に応じて声かけや見守りを行う。
大切なのは、すべてを一人でできるようにすることではありません。支援を受けながらでも、本人が自分の生活に参加し、できることを増やしていくことです。
3.予定と見通しを分かりやすくする
予定の変更や待つことが苦手な人には、先の見通しを分かりやすく伝えます。予定表、写真、イラストなどを使い、「今すること」と「後ですること」を区別します。
「あとで」だけでは分かりにくい場合は、「昼食のあと」「時計の長い針がここに来たら」など、本人に伝わりやすい表現を使います。待つ必要があるときは、いつまで待つのか、待っている間に何をするのかも具体的に示します。
こうした工夫は、知的発達症のある人だけでなく、見通しを持つことや予定の変更に難しさを感じる人にも役立ちます。本人の理解力を診断名だけで推測せず、実際の理解や反応に合わせて方法を調整します。
4.実際の場面で必要な力
挨拶、希望を伝えること、断ること、助けを求めることなどを、具体的な場面に即して練習します。
歯科や耳鼻科の受診、薬の服用なども、本人の理解に合わせて経験を積みます。薬を飲み忘れたときや副作用が疑われるときに、自己判断で対応せず、誰に相談すればよいかを知っておくことも大切です。
5.生活につながる学習
読み書きや計算は、学年相当の習得だけでなく、日常生活で使えることを重視します。時刻や金額を理解する、予定表を読む、必要事項を記入するなど、本人の生活に結びつけて練習します。
学習面で困難があっても、本人に合った方法や道具を使うことで、できることは増やせます。分からないときに確認したり、手助けを求めたりする力も、生活を支える重要な能力です。
第3章 コミュニケーションと自己表現
1.本人に合った伝え方を見つける
コミュニケーションは、必ずしも会話だけではありません。短い言葉、筆談、メッセージ、メール、身振り、指差し、意思表示カードなど、本人が使いやすい方法を取り入れます。
場面緘黙のある子どもであれば、会釈や挙手、筆談などを活用できます。自分の意思を伝えるために、必ずしも流暢に話せる必要はありません。大切なのは、本人の意思が周囲に伝わり、必要な対応につながることです。
2.断ること、相談すること
本人が自分を守るためには、嫌なことや無理なことを断り、困ったときに助けを求める力が必要です。
例えば、次のような場面を想定して練習します。
暑さや疲労を感じたときに、休憩や水分補給を申し出る。
指示が分からないときに、もう一度説明してもらう。
期限に間に合わないときに、早めに相談する。
不当な要求や危険な誘いを断り、信頼できる人に伝える。
「困ったら相談しよう」と伝えるだけでは、実際の場面で行動するのは難しいことがあります。誰に、どのような言葉や方法で伝えるかを具体的に確認し、必要に応じてロールプレイなどで練習します。
また、本人が安心して相談できる相手を確保し、相談したことによって不利益を受けない環境を整えることも重要です。
3.繰り返される要求や訴えの背景を考える
職員や教師に何度も話しかける、おやつや受診を繰り返し求めるといった行動は、周囲の負担になることがあります。しかし、単にわがままや問題行動と捉えず、その背景を考えることが大切です。
時間や待つことの理解が難しい、不安が強い、希望をうまく伝えられない、身体の不調や薬に関する困りごとがあるなど、さまざまな可能性があります。注目してほしい気持ちや安心を求める気持ちが関係している場合もありますが、すべてを心理的な問題と考えるのは適切ではありません。
身体の不調、感覚的な不快さ、具体的な希望なども含めて確認し、本人の訴えを受け止めます。本人が何を伝えようとしているのかを理解することが、適切な支援につながります。
4.伝え方と周囲の対応を工夫する
本人が希望を言葉にすることが難しい場合は、選択肢を示す、写真や絵を使う、指差しで選べるようにするなど、伝えやすい方法を工夫します。
要求を断る必要があるときは、ただ「だめ」と伝えるのではなく、理由や次にできることを具体的に説明します。例えば、すぐに対応できない場合は、「今は対応できないが、昼食のあとに話そう」と伝え、可能であれば予定表などでも確認できるようにします。
本人が適切に希望を伝えられたとき、待てたとき、自分で活動できたときには、その行動を認めます。要求を抑えることだけを目標にせず、本人が安心して過ごし、楽しめる活動も確保します。
支援者は、本人の行動を一方的に制限したり、叱責や威圧で従わせたりするのではなく、対等な雰囲気の中で、本人の気持ちを受け止めて、その上で、本人に分かる方法で説明し、見通しを示します。
対応に困ったときは、職員間で情報を共有し、支援方法を検討します。支援者一人の努力に頼らず、チームで対応することも重要です。
第2部 学校生活から成人期への移行
第4章 不登校やひきこもりへの支援
不登校やひきこもり、ゲームへの過度な没頭がみられる場合は、単に登校や活動を促すのではなく、その背景を考えます。
対人関係の問題、学習のつまずき、感覚的な負担、失敗体験、不安や抑うつ、生活リズムの乱れなど、さまざまな要因が考えられます。本人が何に困り、何を負担に感じているのかを丁寧に確認します。
まずは安心して過ごせる環境を整え、心身の状態に応じて負担を調整します。そのうえで、本人の興味や得意なことを足がかりに、取り組める活動や人とのつながりを少しずつ広げます。
登校や外出だけを目標にするのではなく、本人にとって意味のある生活を回復することを目指します。必要に応じて、学校、医療機関、福祉機関などが連携します。
第5章 進学と就労を考える
1.本人の希望を出発点にする
進学や就職では、本人の希望を聞き、選択肢ごとの特徴や必要な支援を具体的に説明します。本人が自分で選択できるように、情報を分かりやすく整理し、必要に応じて見学や体験の機会を設けます。
発達特性や得意・不得意を考慮することは大切ですが、それだけを理由に本人の希望を否定しないようにします。
実際に経験してみて、難しさが分かることもあります。その場合も、失敗を能力の限界と決めつけず、何が負担だったのか、どのような工夫や支援があれば続けられるのかを一緒に考えます。
2.得意なことと環境の相性を考える
同じ作業を繰り返すこと、集中して正確に取り組むことなどを得意とする人がいます。一方で、急な変更、複数の作業の同時進行、曖昧な指示、臨機応変な交渉などが負担になる場合もあります。
仕事を選ぶ際には、仕事内容だけでなく、次のような点も確認します。
指示や作業手順が明確である。
予定が安定していて、急な変更が少ない。
騒音や人の出入りなどの負担を調整できる。
必要な配慮について相談できる。
困ったときに質問や確認ができる。
倉庫作業、図書館や博物館の業務、ホテルの清掃などが選択肢になる場合もあります。ただし、職種だけで向き不向きを決めず、実際の業務内容や職場環境を確認することが重要です。
3.作業を具体化し、必要な配慮を整える
作業の手順が分かりにくい場合は、工程を細かく分け、チェックリストや写真などで示します。
例えば、片づけが苦手な人には、「部屋を片づける」と指示するよりも、「本・衣類・その他の物に分け、それぞれの箱に入れる」と伝えたほうが取り組みやすいことがあります。
うまくできないときは、意欲や努力の問題と考える前に、指示の出し方、作業量、環境などを見直します。本人の工夫だけでなく、職場側の環境調整も大切です。
第3部 成人期の生活と社会参加
第6章 仕事と生活の質を結びつける
1.仕事の意味を実感できるようにする
仕事への意欲を支えるには、自分の仕事が誰かの役に立っていることや、成果につながっていることを実感できる工夫が有効です。
例えば、自分が組み立てた部品が自動車に使われていることを知ると、作業の意味を具体的に理解できる場合があります。仕事の成果を実際に見たり、周囲から具体的な感謝や評価を受けたりすることも、働く意欲につながります。
2.本人が望む生活と仕事を結びつける
「働くことは大切だ」と抽象的に伝えるよりも、本人が楽しみにしていることと結びつけて考えます。ディズニーランドに行きたい、お寿司を食べたい、趣味の道具を買いたいなど、具体的な希望は働く目的を考える手がかりになります。
就労継続支援B型と一般就労では、収入に大きな差が生じることがあります。例えば、月額1万8千円と18万円という差を仮定すれば、生活や余暇の選択肢にも影響します。ただし、B型の収入は雇用契約に基づく賃金ではなく工賃であり、実際の金額は事業所や利用状況などによって異なります。
収入だけで進路を決めるのではなく、本人の希望、必要な支援、働き続けられる環境、生活全体の充実を含めて考えます。
3.お金の管理と余暇
収入の使い方は、本人の理解や生活状況に応じて練習します。生活費と自由に使えるお金を分ける、使う金額を決めるなど、分かりやすい方法を工夫します。
使いすぎが起こる場合も、本人を責めるのではなく、管理方法や支援の仕組みを見直します。必要に応じて、家族や支援者が本人と一緒に予算を確認する方法もあります。
生活の充実には、仕事だけでなく、趣味、友人との交流、外出なども欠かせません。恋愛や性的な関係についても、本人の意思を尊重しながら、同意、互いの希望、適切な距離、安全に相談できる相手について具体的に伝えます。
第7章 無理な適応と過労を防ぐ
発達特性のある人の中には、頼まれたことを断れず、周囲の期待に応えようとして無理を重ねる人がいます。仕事を丁寧に続けられることが長所であっても、過重な業務や睡眠不足が続けば、心身の不調につながります。
また、仕事以外の活動や興味に熱中し、休息が不足することもあります。疲労、睡眠、気分、生活全体のバランスを確認し、必要に応じて業務量や予定を調整します。
本人が断ることや相談することを練習するとともに、周囲も本人の努力だけに頼らず、無理なく続けられる環境を整えます。
周囲に合わせ続けることではなく、自分の状態を知り、必要な支援を受けながら生活を続けられることを目標にします。
おわりに 本人らしい生活を支えるために
成人期に向けた支援では、本人の気持ちや希望を聞き、日常生活の力を育て、伝え方を工夫しながら、自分で選択する機会をつくることが大切です。
進学や就労では、本人の得意なことと環境の相性を考え、必要な配慮を整えます。また、無理な適応や過労を防ぎ、仕事以外の生活や人間関係も大切にします。将来に向けて、親以外にも相談できる人や生活を支える仕組みを準備しておくことも欠かせません。
目指すのは、何でも一人でできる人にすることではありません。
自分の希望を大切にし、できることには取り組み、難しいことには助けを求め、嫌なことには「嫌だ」と伝えられること。
その人らしい生活を、周囲と協力しながら築いていけるように支えることが、成人期に向けた支援の目標です。